普通の高校生が【憲法】つくってみた。
もうかつてない表題詐欺っぽい。
こうなってしまったのも、黒歴史確定なものを公開するかしまいか迷っていたせい。
でも戦後七十年談話かくかーとか行っている時点でそれもアレなものになるのは確実だし、そもそのこのブログ自体が黒歴史の塊だし、
もういいやと思って公開します。後悔はしない。なんちゃって。
「これをかかないと先に進めない気がしたので」とか畑さんみたいなことを言ってみましょうか。
まあ、一度まとめることで、批判というか修正がしやすくなりますからね。
憲法按自体は高校の時につくったものをそのまま、この記事は浪人時代から書き継いだもので、第二章の解説までは当時のもの、第三章以降の解説は今回書き足したものです。
よっていろいろと不整合な部分が出てきているのですが、もう面倒なのでそのまま公開します。
この横線の下が、浪人の時に書いていた記事の書き始めです。
今や浪人生ですがね。まあ高校時代に作った奴だし許容範囲でしょ(適当)
……ふうむ、それにしてもどうしてこんなものを作ってしまったのか。
大枠を作ったのは高三の夏。(前文などを高三の3月に加えたのが最新版です)
そのころは政経の授業で憲法を一通りやり終わった後で、その頃に結構改憲の議論が盛んだったんですね。
ところで、高二の頃に部活でゲームでも作ろうかと物語の設定だけ作って、結局ゲームはできず小冊子に少し書いただけにとどまった訳ですが、妄想はそれなりに楽しかったのでたまに更新していっていたわけです。
結果として世界観の設定だけ無駄に細かくなっていました。そこで思い立ったわけです。「国家の設定を作るなら先に憲法作ればいいんじゃね?」と。
……というわけで作り始めたのですが、作っている内に楽しくなってきて、かつ全体的にそこまでぶっとんだものにならなかったので、むしろ普通に改憲案みたいにしてしまっても良いのでは、と方針転換。若干まともに修正しました。まああの世界用にはこれをまた修正すればいいわけですし。
全体的なテーマは「内面的立憲主義」。よく明治憲法を「外面的立憲主義」と呼びますが、それの逆をやってみようというコンセプトです。
この憲法按では建前上では天皇に大権がありますし、所謂「附与的人権」を取っています。が、実際公民に保障される権利は現行憲法と同等またはそれ以上に。そんな感じ。
あれですね。進撃の巨人OPにでてきた家畜の安寧云々。公民は幸福な奴隷です。
現代社会へのアンチテーゼというつもりもありました。
この憲法按は天皇主権説をとっていて、一切の権力と責任は天皇に帰属します。が、不可侵性によって国家の行為は免責されます。
いわゆる「無責任の構造」を正当化しました。だって、国民が政治に無関心なら、政治は誰かに任せておけばいいじゃないですか。でも、それならもし失策があったとしても文句をいうことはできないでしょう。
政治に無関心ならば、民主主義を盾に自ら闘争の道を選ぶよりも、参政権はなくとも安寧が保たれるならばいいじゃないですか。(……とはいってもこの憲法按ではまだそれなりに参政権は保障していますが)
まあそんなこんなでなんとなくそれなりに形になったまま放置されていたので、折角だから公開してみようかと。
上述の経緯から結構適当に決めている部分もありますので(特に後半)大目に見て下さい、なんて。
一応各章ごとにちょっとした解説をつけることにしました。コメンタール(笑)ですね。
ちなみに、参考にしたのは「大日本帝国憲法」、「日本国憲法」、「日本人民共和国憲法(草案)」(日本共産党)、「国民の憲法(要綱)」(産経新聞)あたりです。
……常識的に考えて黒歴史確定だよなあ。
日本皇国憲法按
前文
この憲法は、天神地祇に対する誓約である。国が、この憲法を尊重し続ける限り、天祐により公民に幸福がもたらされると確信する。
また、同時にこの憲法は、国の公民に対する誓約である。公民が、この憲法に遵う国を尊重し誇負できるよう願い、この憲法を制定する。
[解説]
この前文はあとから加えたものですが、この憲法の性質を規定します。
公民(人民)に対しての、国家の主たる天皇からの宣言という形をとります。同時に天神地祇に対する誓約(うけい)の形を取ることによってその遵守を担保します。
よって、この憲法は国家(=天皇)の権利を天皇自ら制約するという方向にのみ機能します。公民の義務などは一切規定していません。
第一章 日本皇国
第一条(日本皇国)
日本皇国は、天壤無窮の神勅を享けて天皇が統治する国家であり、公民の平穏の堅持と伝統の継承を至上目的とする。
第二条(領域)
日本皇国の領域は別に法律で定める。
[解説]
天壌無窮の神勅というのは、天照大神が瓊瓊杵尊に賜ったという「葦原千五百秋之瑞穂国、是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫、就而治焉。行矣。宝祚之隆、当与天壌無窮者矣」という神勅です。
なんでここで出てくるかというと、それ以外にこの日本という国家権力の正当性を証明するものが見出せなかったからですね。
2〜3条は領土と国家の象徴規定になりますが、今考えてみるとこの項目は最後でも良かったかもしれません。(フランスとか中国の憲法はそんな感じですし)
ここに書いてあるのは……自分は理系なので大枠から順に書いていきたかったというのがあります。
あと、国家の平穏云々は、もとの物語が鎖国している設定だったところに由来します。平穏な停滞とでもいいましょうか。
国家の目的を書いてある憲法も少ないかと思いますが、こういうのは一応決めておいていいんじゃないかと。なんとなくですが。
国歌と国旗については、別に君が代に強いこだわりがあるというわけではありませんが、決めるのなら憲法に書いておいた方が良いかな、ということです。
第二章 天皇
第六条(摂政)
天皇は、摂政をたて、権能の一部を委任することができる。
[解説]
「皇位」ではなく「皇祚」を使ったのはなんとなくです。それ以上の意味はないです。
最初は天皇機関説のつもりで書いていましたが、天皇機関説はイェリネックの「国家法人説」に分類されるみたいですね。
どうも言いたかったのは上杉慎吉の天皇主権説のようです。
全ての統治権の淵源は天皇にあるという形式です。
なんとなくその時空を全て支配するという古代中国の皇帝のイメージで書いていましたが、権利というものの由来を探すに、こうするほかなかったとも言えます。
要するところ、国会、内閣、裁判所は本来天皇がその知性を以て行うところを、(一人では無理なので)代わりに人を集めてその頭脳の集積を以て代行しようという機関です。
裁判所のところには「天皇の名において」とありますが、それは国会や内閣も同じです。
三権の機関の判断はそれぞれ天皇の判断と同等であると見なされることになります。
(現行憲法でも内閣総理大臣と最高裁判所長官は天皇が任命し、法律はすべて天皇が公布するという形式ですから、あまり変わらない気もしますが)
よって全ての決定の権威は天皇に由来し、もちろん全ての責任は天皇に求められることになりますが、そこは「神聖不可侵」という魔法の言葉で免責します。
そもそも「政治責任」なるものが存在するのかが疑問です。
政治家や裁判官は常にその時最も正しいであろうと考えることを実行するはずです。それが失敗した時に責める必要があるのでしょうか。
第三章 公民
第八条(公民の要件)
日本皇国公民たる要件は、別に法律で定める。
第九条(公民の地位)
公民は、国家の所有たる民であり、公民の安全、文化、幸福は国の財産であるから、当然国は全力を上げてこれらの護持及び翼成に取り組む。また、国は公民に対してこの目的達成のための協力を要請する。
第一〇条(公民の権利及び自由)
この憲法に定められた公民の権利及び自由は、前条の目的を達するために、国が現在及び将来の公民に対し附与し保障するものである。
第一一条(平等権)
公民は、公民であるが故に平等であり、国は如何なる理由によっても差別しない。
第一二条(生存権)
公民は、国内に於いて命ある一個の人間として生活を営む権利を有する。
第一三条(公民の地位の喪失)
公民は、極めて重大な犯罪の処罰の場合を除いて、公民としての地位を失わない。
第一四条(思想及び良心の自由)
公民は、思想及び良心の自由を有する。
第一五条(信教の自由)
公民は、信教の自由を有する。国は如何なる宗教も弾圧しない。
第一六条(表現の自由)
公民は、言論、出版、集合、結社の自由を有する。但し、公民は自らの表現に対して常に責任を負わねばならない。
第一七条(教育を受ける権利)
公民は、普通教育を受ける権利を有する。初等及び中等学校は無償とする。また、国は、意欲ある公民が等しく高等教育を受けるための経済的、物質的援助を行う。
第一八条(学問及び芸術の自由)
国は、公民の学問研究や芸術創造の自由を保障し、また支援する。
第一九条(勤労の権利)
公民は、自由に職業を選択し勤労する権利を有する。
第二〇条(居住の自由)
公民は、住居を自由に定める権利を有する。また、住居の不可侵を保障される。
第二一条(身体の不可侵)
公民は、身体の不可侵を保障される。即ち、この憲法に特別に定められた場合を除き、自らの意に反して拘禁又は行動を強制されない。
第二二条(被疑による拘禁)
国は、犯罪の疑いがあるとき、公民を拘禁することがある。但し、現行犯の場合を除き、法律の定める司法官憲の発した令状を明示する必要がある。
第二三条(拘禁の通知)
公民は、前条の規定によって拘禁された際、即時に自らの指定する個人にそのことを通知する権利を有する。
第二四条(拷問の禁止)
公務員は、絶対に公民に対して拷問又は残虐な行為を行わない。拷問、脅迫、強制による自白は無効である。また、被疑者を疑うにたる証拠が本人の自白のみである場合、被疑者は有罪とされない。
第二五条(被疑者の権利)
公民は、拘禁された際、直ちに弁護を依頼する権利を有する。また、自らの拘禁される理由を告げられ、それに精通する権利を有する。
第二六条(裁判を受ける権利)
公民は、迅速公平な公開裁判を受ける権利を有する。裁判に於いて有罪の判決が下った場合、国は裁判の結果に従って処罰する。無罪の判決が下った場合、国は直ちに被告を釈放し、拘禁中に受けた損害について補償する。
第二七条(刑罰)
国は、犯罪の処罰のために、公民を拘禁又は公民に労役を科すことがある。但し、国は、公民に対し残虐な刑罰を科さない。
第二八条(一事不再理の原則及び遡及処罰の禁止)
公民は、同一の行為によって重ねて罪を問われない。また、公民は、当時適法であった行為について、罪を問われない。
第二九条(財産権)
公民は、土地、建物、物資等の財産を所持、占用する権利を有する。この権利には、常に公共の福祉のために行使する義務が伴う。また、この権利は、法律によっていつでも制限され得る。但し、その場合、国は、正当な補償を行う。
第三〇条(請願権及び行政訴訟権)
公民は、国及びその機関の行為に不満があるとき、平和的手段によって国に請願または訴訟を起こすことができる。
[解説]
ここがミソという感じの章。
国民でも臣民でもなく、公民という言葉を使っているのは、中学の歴史の授業で習った「公地公民制」を念頭に置いているからです。
公民は「おほみたから」と訓み、そのまま公の民という意味を示します。
土地も人民も公(天皇)に帰属するという公地公民制は、なんとも社会主義的であり、この憲法按の原案はそのあたりにあります。
第九条に挙げるのが、国家と公民の関係性であり、公民は国家に対し何ら責任を負いません。
公民の権利は全て国家により附与されるものであり、公民は国家から独立した何の権利も持ちません。
(人権天賦説は気持ち悪く感じるので明確に否定しました。孤独のまま放置すれば人間は死ぬだけで、共同体の中にあって初めて人間は生きてゆけるのに、どうして生まれながらの権利などというものがありましょうか)
また、権利は国家が保障するものでなくてはならないものとし、所謂プログラム規定説は否定しています。
総じて観れば、元来、公民は国家に対し奴隷的無権利状態であり、そこから出発してこの憲法の規定により公理的にひとつづつ権利が与えられていく、という形式となっています。
生存権は、権利は国家が明確に保障するものであると規定した以上、現行憲法のものよりも水準を下げています。
それ以上は憲法に定める権利ではなく、第九条の幸福の翼成に由来する社会福祉政策により実現するものとします。
公民の地位の喪失に、極めて重大な処罰の場合云々とあるのは、生存権の条文の解釈として公民に対し死刑を行えないともいえるため、主に死刑を行う際には公民の地位を剥奪することができるということをいいたかったがためです。
そもそもこの憲法には公民以外に対する権利は定められていませんから、公民の地位を失うと一切の権利を失うことになります。(もともとが鎖国の想定だったため、外国人に関しては何も考えていません)
公民の各種権利に関しては、あまり現行憲法と変わりませんが、この章は共産党の憲法草案によった部分が多く、いくつかの権利が追加されています。特に身体の自由の保障に関しては、共産党の暗黒の歴史の末にできたものであるということもあってうなずける部分も多く、参考にしています。
現行憲法より緩めた部分は、まず信教の自由に関してで、政教分離や宗教教育に関する項目を削除してあります。
今の政教分離はやりすぎかなという自分の感覚がありました。
表現の自由の条文に但し書きがありますが、これは「発表までは自由だけどそのあと捕まるかも知れないよ」ということを言いたくて書いてあります。主に煽動罪を意識していたと思います。このあたり、昔の自分は理想国家を作ろうとしていたのかディストピアを作ろうとしていたのか、不思議に思うところです。途中で方針転換していますからね。
また、財産権のところで「所有」ではなく「所持、占有」と書いているのも、社会主義的な建前があるところによるものです。
第四章 立法
第三三条(緊急勅令)
前条の規定に関わらず、天皇は、国家の非常時に法律に代わる緊急勅令を発することができる。但し、緊急勅令によってこの憲法に定める公民の自由及び権利を制限することは行わない。また、緊急勅令は速やかに自治議会での議論に附し、不要と議決された際は、天皇がこれを廃止する。
[解説]
この章は適当に書かれたのが見た目に明らかですね。
一院制のようになってしまっていますが、そのあたりも考えるのが面倒だったのです。
「法律により定める」としているのは、法律次第で二院制にもできるとしたつもりでしたが、今読み直してみると後の方の内閣の章で「自治議会の総選挙」とか書いてありますから、衆議院のみの一院制と考えるしかないですね……
緊急勅令にしても、国会が機能不全に陥ったときの保険としていれたのでしょうが、見直してみると、後で出てくる戒厳の下方互換みたいになってしまっていてなんとも微妙なことに。
第五章 司法
第四〇条(普通裁判所)
普通裁判所は、公民の犯罪や公民同士の訴訟のすべてを担当する。
第四四条(裁判官の自由)
裁判官は、この憲法と自己の良心にのみ拘束される。
第四五条(裁判官の免官)
裁判官は、心身故障のために職務をとることができないと裁判により決定された場合と公による弾劾を受けた場合を除いて罷免されない。
第四六条(裁判官の地位)
裁判官の任期は十年間とし、再任も許される。但し、法律の定める定年に達した時には退官する。裁判官は、相当額の報酬を受ける。
[解説]
まず、ぱっとみて二審制になっているのですが、普通裁判所として何段階かおいても良いと思うので、そこは法律次第で三審制にもできると思って下さい。
憲法裁判所をおいたのは、かなり大きな現行憲法との変更点です。具体的な事件があるまで憲法判断が行えない現行の英米式の制度は疑問に思えます。
また、行政裁判所をおいたのも、これは普通の裁判とは質が大きく異なると考えたからです。(国家の司法(理知)による行政(力)への牽制という性質をもつ)
不公平な判断を起こさないために特別裁判所は禁止すべきだと学校では習いますが、それはどうなのでしょうか。
(後から知った話ですが、例えばドイツでは今でも通常裁判所、行政裁判所、財政裁判所、労働裁判所、社会裁判所と分かれているようです)
とはいえ一応、最高裁判所を共通にすることで、現行制度に近い部分を残しています。
皇室裁判所についてはすっかり忘れていました。ただ、この憲法ではなく皇室典範あたりにいれておけばいいように思います。
文民統制原則をおいたのは、軍事裁判の問題に絡むところです。
機密保持などの理由は分かるのですが、軍事裁判を行うのはさすがにどうかと考えていたため、妥協点として、軍人は「(場合により非公開の)(軍人でない裁判官による)通常裁判」を受けることにしました。
第六章 行政
第四九条(内閣)
国の機関として、内閣をおく。
第五〇条(行政権の行使)
天皇は、内閣に行政権の行使を委任する。
第五一条(内閣の組織)
内閣は、その首長たる総理大臣とその他の国務大臣によって組織する。その詳細は、法律によって別に定める。
[解説]
ここもあまり代わり映えはしないかなぁといった印象。というよりほとんど変わっていませんね。
第七章 軍事
第六三条(軍人に関わる裁判の非公開)
軍人を被告とする刑事裁判は、機密保持等止むを得ざる理由あるときは、非公開とすることができる。但し、この場合も上告の権利は保障する。
第六四条(戒厳)
天皇は、内閣の上奏に基づき、戒厳を宣告することがある。戒厳の宣告には事前又は事後に自治議会の賛同を得る必要があるものとする。戒厳下では第三章に定める公民の自由及び権利を制限することがある。但し、思想及び良心の自由、信教の自由、表現の自由は制限しない。
[解説]
まさにノリによって書き上げてしまった章。
まず名称からしておかしい。「自衛軍」とか「国防軍」だとかテレビで騒がれていた時分に、教室でミリオタの友人と話していたときに「何がいい?」「やっぱ皇軍でしょ」「コウグン?」「皇軍(書いてみせる)」「ああー」みたいな感じでいわれ、そんな名称の存在を知らなかった自分は面白く思ったのでそのまま使ったというのがその名前の理由です。
この憲法のネタ性をここぞとばかりにアピールしてくれる名称なので、気に入っています。
ちなみに皇軍というのは「すめらみくさ」と訓み、万葉集時代からある由緒正しい名称のようです。(が、自称するものではなさそう)
統帥権は天皇に帰属するとしながらも、戦前の反省から結局は内閣が用いることにしています。
とはいえ最近の政情をみていると、政府が軍の全権を握るのも、政府の暴走をとめられなくなってまずいのではないかな、と思うところ。
大昔の日本では、右兵衛と左兵衛の二つが存在し、互いに牽制し合い権力の分立がはかられていた、これは江戸の南北奉行所なども同じで中国由来の統治の知恵だ、という風なことを予備校の古文の授業の時に聞いたのですが、軍事指揮権の統一が叫ばれる中、そういうことを考えてもいいのかもしれないな、と今考えているところです。
第六一条、六二条はほとんど死文化することが前提として書かれています。が、軍の発言力を強めるような条文と軍を牽制するような条文を並べて憲法に置くことにより、軍に関する極端な施策に対して司法の介入の余地をつくり、バランスをとろうという意図があります。
戒厳については、とりあえず入れてみたは良いものの、難しいです。
第八章 会計
第六五条(租税立法主義)
新たに租税を課し、又は現行の税率を変更する際には、法律又は法律の条件による必要がある。
第六六条(国費の使用)
国費の支出及び国による債務の負担には、自治議会の議決を必要とする。
第六九条(緊急勅令による財政処理)
公共の安全のため緊急の必要があり且つ何らかの事情によって自治議会の招集が不可能な場合、必要な財政上の処分を緊急勅令によって代えることができる。
第九章 改正
第七一条(改正)
この憲法の改正は、自治議会の過半数の議員の賛成によって発議する。但し、公民の自由及び権利に関する規定の改正の発議には、自治議会の三分の二以上の議員の賛成を必要とする。自治議会が発議した憲法の改正案は公民の過半数の賛成を得た後、天皇に上奏する。天皇はこれを裁可し、これをこの憲法と一体をなすものとして公布する。
[解説]
若干憲法改正のハードルを下げました。
三分の二ではあまりに改正が難しいと感じていました。
ただし、第二章の改正に関しては難しいようにしていますし、どちらにせよ硬性憲法であることには変わりないです。
明治憲法にある如く「不磨の大典」というのが、どうしても日本での憲法のイメージになってしまっている感があります。